同志社大学プレスリリース(2013年2月5日)
記憶を司る海馬が
特定の出来事(エピソード)を覚える仕組みを解明

私達は、過去に経験した特定の出来事(エピソード)について、いつ、どこで、どのようにしていたか良く覚えています。そして脳内にある海馬が、このエピソードを記憶することに関係していることも知られています。しかし、エピソードの記憶が海馬の中で具体的にどのように形成されるのかについては不明でした。

髙橋晋 准教授は、まずラットが「いつ、どこで、どのように」という3 つの情報を覚えなければならない巧妙な迷路課題を新規に開発し、動物に覚え込ませることに成功しました(図1)。そして、独自の統計的信号処理法や特殊電極を活用して開発した大規模脳活動計測術を駆使することで、その迷路課題を行っているラットの海馬から1,119 個の神経細胞の活動を計測して解析しました。その結果、多数の神経細胞が活動する迷路内の位置と活動の強さをみるだけで、ラットが「いつ、どこで、どのように」行動したのかを正確に推定できることがわかりました(図2)。この結果は、海馬の神経細胞集団の活動パターンがエピソードの記憶を形成していることを示しています。また、その神経細胞集団の様々な活動パターンが、エピソードを思い出しやすいように特別な関係を互いに作り上げていることもわかりました(図3)。

海馬を損傷した人間に関する研究から、海馬がエピソード記憶に深い関わりを持ち、アルツハイマー病をはじめとする様々な記憶障害に関与することが知られています。今回の研究により、海馬の中で実際にエピソード記憶が作られる仕組みが神経細胞のレベルで明らかになったことで、記憶障害の治療法や予防法の開発が進むことが期待されます。また将来的には、エピソードを効率的に記憶したり想起する方法の開発にもつながることが期待されます。

本研究は(独)科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけの支援により行われました。

世界有数の研究助成機関である米ハワード・ヒューズ医学研究所、独マックスプランク協会、英ウェルカム・トラスト財団が共同で支援するオンライン科学誌「eLife」の2013年2月5日号に掲載される予定です。

Takahashi, S., Hierarchical organization of context in the hippocampal episodic code, eLife, 2013; e00321.
http://elife.elifesciences.org, DOI: http://dx.doi.org/10.7554/eLife.00321

図1. 迷路課題
図1.迷路課題 横から見るとディジタル数字の8 に見えることから八の字迷路と呼ばれる迷路上で、視覚弁別、遅延無と有の交代反応を連続的に行う課題をラットに覚え込ませた。視覚弁別課題:左右いずれかの光点が点灯する。点灯している方向へ行くと報酬が得られる。交代反応課題(遅延無):左右の光点が点灯しているため、光源の情報は使えない。そのかわり、右から来た場合は左に、左から来た場合は右にというように交代反応をすると報酬が得られる。交代反応課題(遅延有):交代反応課題(遅延無)とほぼ同じであるが、青い線で示した壁が5秒間出現し、その遅延期間にどちらから来たのかを記憶しておく必要がある。

図2.ある一つの神経細胞が活動する迷路内の位置と活動の強さ
図2.ある一つの神経細胞が活動する迷路内の位置と活動の強さ 道程(どこから来て、どこへ行くのか;右→左、左→右)の違いは、神経細胞が活動する迷路内の位置を見れば推定することができる。視覚弁別課題、遅延無と有の交代反応課題の3 種類の課題については、神経細胞が活動する強さを見れば推定することができる。神経細胞活動の強さは、色調(青:無反応、赤:最大)で表現した。数字は、神経細胞活動の最大周波数をHzで示している。

図3. 神経細胞集団の様々な活動パターンは特別な関係(階層構造)を互いに作り上げている
図3. 神経細胞集団の様々な活動パターンは特別な関係(階層構造)を互いに作り上げている 視覚弁別課題、遅延無と有の交代反応課題のいずれの場合でも、神経細胞集団の活動パターンからラットが経た道程(右→左、左→右)を推定することができる。つまり、道程の違いに関する「いつ、どこで」という情報は、課題の違いに関する「どのように」という情報よりも上位に位置し、階層的な構造をもっている。